東京モーターショーと展示デザイン
2006.12.07
こんにちは、吉澤です
前回は『東京モーターショー』における『会場計画』について寺澤教授にお話を伺いましたが、今回はこの『会場計画』を行うのに必要な、『展示デザイン』についてお話をすすめていただきたいと思います。
『展示デザイン』ってなんでしょう?
では先生、早速、お願い致します。
はい、寺澤です。
『展示デザイン』というと、皆さんもなんとなくイメージできると思いますが、その範囲は実に広く、人間工学、色彩学、渋滞学、音、光、かたち…などの特性を知る必要があります。でもまぁ、今回はそんなに難しく考えないで、私が研究している『展示デザイン』とはどのようなものか、その一端をご紹介しましょう。
「展」という文字は、ひろげるという意味。
「示す」は、仕舞っておいたモノを持ち出して見せるという意味。
つまり展示とは“ひろげて見せる”ことなんです。
例えば、お祭りなんかで、大道芸人のひとが風呂敷に包んであるものを机の上に“ドン”と置くと、集まった人たちは「何が出てくるんだろう?」って期待しますよね。そこで風呂敷をひろげて、中から出てきたものがお客さんの期待に添うものであれば、そこにはりっぱな「展示」が成り立っているといえます。
皆さんは今、パソコンをつかってこの文章をご覧になっているでしょう。
パソコンの画面のことを「ディスプレイ」と言いますよね。
「展示」を英語で言うと、これも「ディスプレイ(Display)」。
コンピューターの中に隠れていた情報を分かりやすく表示しますね。「展示」も、これと同じことです。
そして『展示デザイン』とは、「展示」すなわち“ひろげて見せる”ための場所や時間、人間との関わりを総合的に計画して、そこに参加する人々が満足できる環境を提供する『手法』のことなんです
皆さんが『東京モーターショー』に来場されたとき、最初に目にする入場ゲート。『展示デザイン』の考えはここにも生かされていますよ。
「ようこそ東京モーターショーへ」という気持ちをゲートデザインに込めてつくっています。来場される多くの人たちにむかって大きく手をひろげて「ありがとうございます」という気持ちでお迎えする、横にひろがりのあるデザインはそうしたイメージを実現するねらいがあります
ふつう屋外で見ると実際よりも小さく見えるものです。
みなさんも、ショールームのような大きな空間に展示してある家具を買って、自宅に置いてみると、思ったよりもずっと大きい、そんな経験をお持ちではありませんか?
東京モーターショーのゲートも小さく感じるかも知れませんが、メインゲートとして皆さんをお迎えする北1ゲートは、横28メートル×縦5メートルもあります。電車ほぼ2両分の長さで、縦は人が乗り込む電車よりも2倍弱も高いのです
会期中に来場される150万人のうち約40%の方がこのメインゲート(北ゲート1)を利用されます。
ここでひとつ皆さんに想像していただきたいのですが、ゲートが見える場所にたどり着いてからゲートをくぐるまでにどんなことを考えていますか?
東京モーターショーのゲートへの道はここでよいのかな? 自分が見たい二輪車メーカーに真っ先に行くにはこのゲートでいいのかな? チケットは何処で売っているんだろう? あれ!入場料いくらだったっけ? 今日は休日だけれど何時にオープンするのかな? …などを考えていませんか?
ゲートをくぐるまでに湧きあがる皆さんの疑問や質問に対する答えを、このゲートの中に用意しておけば、皆さんの不安が解消して、「さあ!東京モーターショーに来たぞ!!」と盛りあがった気分でゲートをくぐることができるというわけです
では、実際にどのようにしているかというと、ゲートに近づくにつれて“見え方”が変化し、その“見え方”が連続していくという「シークエンス効果」がひとつ。
もうひとつは「視野角」という人間の視覚特性を利用しています。人は物を見るときに、細部までしっかり見る場合は視野角の1°、案内板などの文字を読むには12°、全体をざっと見るには60°の範囲が必要といわれています。ちなみに60°を超えると目や首を動かさないと見ることができません。
これらを一つの基準にして、必要な情報が見やすいようにゲートまでの距離や場所に合わせて、看板の大きさや文字の比率を変え、最も見やすい状態になるよう、工夫をしているわけです
他には、展示場内に吊下げられる各社のサインフラッグ。
パンフレットを見るだけではなく、会場を歩きながら「ここにお目当てのメーカーが出品しているのか、国産メーカーはあっちだな、今いる場所は中央ホールだな」と歩きながら見たい場所を把握できますよね。
来場者がパッと見て、一瞬で判断できて安心して目的の展示ゾーンに行けるようにする…。これは『展示デザイン』のとても大切なことです。
最近よく耳にするようになった「ユニバーサルデザイン」。これは私たちデザイナーにとっては当たり前のこととして考えています
先にもお話ししましたが、『展示デザイン』とは誰もが満足してもらえる「時間と空間」を提供すること。”誰もが”という言葉には何らかのハンディキャップを持った人たちや、日本語が通じない諸外国からお見えになる人たちのことも含まれています。なるべく多くにフィットする計画、これがユニバーサルデザインの基本です。
ユニバーサルデザインについては、出品者をはじめ、会場を管理・運営する幕張メッセの人たちといっしょになって、主催者として取り組んでいます。
ひとりでも多くの方がたに『東京モーターショー』をもっともっと楽しんでもらえるようにデザインしています。たとえば、車いすで来場の方には段差がないように、エレベーターやスロープをもうけて、手助けなしで、どこにでも自由に行けるように「気配りデザイン」をしています。
また外国からの来場者にとってのバリアのひとつは「ことば」でしょう。バリアフリー(障壁なし)をめざして、ピクトグラム(絵文字)と和英文字を併用しています。これらはすべてユニバーサルデザインの発想にもとづくものです。
寺澤先生、ありがとうございました
デザインってクルマとかファッションとか色々ありますけど、「展示」にもデザインがあるなんて、この仕事をするようになってはじめて知りました。ふだん、何気なく見ているところも、色々な人が関わっていたり、色々な考え方がもとになって創られているんですね。